ミモザノヘヤ

高田馬場の弁護士の日記です。

心の痛みの時効は

三丁目の夕日という映画の中で私がとても気になっている人物がいます。三浦友和さん演じる宅間という小児科医です。まじめで、物静かで、街の人に信頼されているお医者さんで、一軒屋に一人で住んでいます。

 私がこの人物について気になったのは、東京大空襲で妻と娘を亡くした過去を持つ点です。

 映画第一作目の舞台である昭和33年と言えば終戦から13年。東京も復興し始め、町も大きく変わろうとしつつある時代です。もはや、戦争の爪痕が消えてしまい、みんなが同じ悲しみを背負わなくなっても、宅間先生は一人黙々と悲しみを背負って生き続けます。

 さて法律の世界では時効という制度があります。例えば誰かに故意に怪我をさせられたという場合、刑事では公訴時効(刑事訴訟法250条2項3号)、刑法上の時効(刑法32条2号)がありますし、民法上も不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効民法724条前段)があります。(不法行為に基づく損害賠償請求では除斥期間(同条後段)も定められています)被った被害を回復させるため相手に損害賠償請求をする、あるいは刑事で訴追し刑を受けさせるには、期間制限があるのです。

 心の痛みそのものにははっきりした時効はありません。

 そして、時が経つことで必ずしも癒されるものではありません。

 前述の宅間先生も、変わりゆく街なみ、成長していく近所の子供たち、そういった変化していく時の流れにかえってさびしい思い、やりきれない思いを募らせていたのではないか、と思うのです。心の痛みを抱えている人と、どんどん変わっていく周囲。

 心の痛みとどうつきあっていくか、いつ、痛みからいつどうやって解放されるかは全く人それぞれです。早く時効完成させてしまうのか、そうしないかはその人次第。

 黙々と一人で悲しみを背負いながら静かに現実と折り合いをつけて生きている宅間先生の生き方はその一つのあり方として痛々しいながらも尊敬してしまう私です。

平成24年2月22日 文責 弁護士 菊谷淳子